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日本刀の鑑定方法

9月 4, 2022 • admin

日本刀を手放さなくなってしまった場合、日本刀買い取り業者に売却することで高額な買い取りが実現する可能性があります。そこで重要なのが鑑定書です。

いくつかの機関が鑑定書をだしていますが、最も信頼されているのが、日本美術刀剣保存協会発行のものです。日本刀剣保存協会は、刀剣相談もおこなっていて、刀剣に関して熟知していて、信頼できる鑑定元として知られています。

鑑定はまず、刀剣の作者の真偽を確認します。次に在銘の場合その銘が本物か、有名な作者のものかを確認します。無銘の場合はいつの時代につくられたものかをみて、刀にライトを当てて、刃紋を確認します。次には刀装を審議し、ランク付けします。

なかご、刀身の柄の入った部分である茎は、作者や地域によって特徴がでる場所なので、鑑定の際に確認します。錆色なども鑑定材料で人の手が加えられたものか、自然についたものかを判断します。

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棟とは刀剣の背中の部分です

8月 4, 2022 • admin

棟とは刀の背中の部分を指します。峰とも呼ばれ刃と反対側になります。種類があり形状によって呼び方が変わっています。
平らになっているのが角棟と呼ばれるタイプで、奈良時代以前によく作られていました。平棟とも呼ばれ刀に反りが付くようになってからはほとんど作られなくなりました。半円状になっているのが丸棟であり、一部の地域で見られます。九州に多く、古い時代の北陸でも作れました。三角形になっているのが庵棟であり、大太刀に多く見られます。大太刀とは長大なものであり3尺以上を指します。三角形が鋭いものを庵高い、低いものを庵低いといいます。台形になって居るタイプが三つ棟です。平安時代以降に主流となり、短刀にもよく見られます。

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刀が好きなら知っておきたい天下五剣について

7月 4, 2022 • admin

日本では昔から刀が親しまれていますが、現代でも鑑賞用で持っている人は多いと考えられます。日本刀の中には名刀と呼ばれるものが存在しますが、天下五剣を知っておくと豆知識を語るときに役立つ筈です。天下五剣は日本刀の中で最高傑作と呼ばれている五振のことであり、童子切安綱と三日月宗近と鬼丸国綱の他に大典太光世や数珠丸恒次が該当します。

天下五剣の刀を知っていると、実際に鑑賞をしたりするときに役立ちますから、しっかりと覚えておくのが大切になります。天下五剣はどれも歴史が古く、言い伝えもありますから、深く学んでいくと楽しいかもしれないです。天下五剣は初心者が最初に学ぶときに最適な五振になるので、日本の歴史を学ぶことにも繋がります。

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時代による映りの違い

6月 4, 2022 • admin

日本刀の映りは時代によって違っています。乱れ映りは鎌倉時代の初期から中期頃に見られることが多く、棒映りは鎌倉時代末期頃から室町時代にかけて見られることが多かったです。

たとえば、乱れとついたものは江戸時代に入ってから姿を消すようになっており、映りからいつ頃つくられた日本刀であるか特定のヒントを得ることもできます。これは作刀の工程で様々な働きから誕生するものなので、特定のタイミングで見られていたものを確実に再現することはかなり難しいとされていることも知っておきましょう。

途絶えてしまった映りの再現に勤しむ刀匠や成功させている刀匠もいますが、その一方でどう足掻いても当時のものが再現できないというケースもあるほど奥が深いものだと言えます。

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無銘正宗とはどのような刀か

5月 4, 2022 • admin

政宗は刀剣収集家にとっては非常に価値のある刀と注目されるものですが、無銘正宗はその中でも非常に価値のあるものと注目されています。現在の福島県にあたる陸奥国会津の藩主、蒲生氏郷の愛刀でしたが、蒲生氏郷が亡くなったあとは嫡男の蒲生秀行が徳川家康に献上したことから、徳川家の所有物となりました。
無銘政宗は、鎌倉時代末期に相模国(現在の神奈川県)で活躍した名工五郎入道正宗の作となっています。その特徴は当時は明光の刀剣にはその作者の名前が刻んであることが多かったのですが、無銘政宗はその美しさを際立たせることからあえてその名を彫らず、また一般的な日本刀に比べ反りが少ないためその扱いは難しかったとも言われています。

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名君松平忠昌に伝来する名刀

4月 4, 2022 • admin

松平忠昌は徳川家康の次男である結城秀康の次男として大阪で生まれました。幼くして父と死別したあとは江戸で養育され、元服してすぐにいわゆる「大阪夏の陣」に参戦した忠昌は、父譲りの勇猛さで輝かしい功績をあげました。順調に石高を伸ばし、その後は兄に代わって福井藩を治めることになります。逝去の際には何人もの家臣が後を追って殉死したということからも、名君であったということがうかがわれます。そんな忠昌に伝来するのが「於武州江戸越前康継」という名刀です。この刀は実は忠昌が大坂夏の陣で初陣を果たした際に指料とした日本刀だと言われているそうです。この刀の号は、その名も「風雷神」です。武術に長け、福井藩では武術の発展にも貢献した忠昌。そんな彼の戦場での勇士が目に浮かびます。

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世界の人びとを魅了する日本刀

3月 4, 2022 • admin

世界に誇る日本の鉄の芸術として現代においてもその存在が語られる日本刀は、アニメの世界においても世界の人びとを魅了し続けているようなのです。日本刀が実用品として使用されていた時代におきましても、日本刀をつくりだす刀工と日本刀を武器として所持する武士たちによって日本刀は愛されつづけてきました。その魅力は世界に通づるものとして日本人だけではなく現代を生きる世界中の人びとから称賛を受けております。これまでに時代を越えてもなおその人気を保ち続ける日本刀は、これほどまでに人びとに愛され続ける所以があるのでしょうか。現代を生きる皆さんにとっての日本刀の存在とはどのような価値をもっているのでしょう。幼児から大人まで、さらには日本刀を手にしたことのない世界中の人びとにとっても憧れの存在となり得る日本刀とはどのような要素を持ち合わせているのでしょう。

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「薙刀(なぎなた)」と「槍(やり)」

2月 4, 2022 • admin

「薙刀(なぎなた)」と「槍(やり)」のちがいが分かりにくいという方々も少なくないかもしれません。「薙刀」と「槍」の見分け方はその柄の先にあります。「薙刀」には幅の広い刀が取り付けられているようです。日本刀の持ち手の部分が長く伸びたものが「薙刀」と言うような言い方をされる方もいらっしゃるかもしれません。薙刀が数多く登場するようになった時代は平安時代ころからとされており、現代でも武道として薙刀が用いられております。「槍」の柄の先を「槍先(やりさき)」などと呼ぶようですが、その形状によって「十文字槍(じゅうもんじやり)」「笹穂(ささほ)」「片鎌(かたかま)」「千鳥(ちどりがま)」などと呼ばれているようです。

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愛刀家になるためには

1月 4, 2022 • admin

「日本刀」は、日本を代表するような美術品であり工芸品であり武器であります。日本刀に関する知識や技術をもたない素人が簡単に趣味にできるような世界ではないのかもしれません。とは言いましても、はじめから名刀とされるような高価なものを収集するのではなく、その楽しみ方や所持するために必要とされる法律(銃刀法)などから詳しくなってみるのはいかがでしょう。日本刀は先に述べましたように、美術品でありながら武器であります。時代をさかのぼった先人たちは、合戦で用いたり、街を歩く際の護身として身に付けていたものであります。現代人が日本刀の美しさを美術品として収集するうえで扱い方をまちがうことは、危険をともなうことでもあるようなのです。

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来国俊

12月 4, 2021 • admin

来国俊は、鎌倉末期、来派の刀工である。通称は「孫太郎」と称される。古くから「二字国俊」と同人か別人かの論争がある人物であるが、作風の相違から別人説が有力になっている。

別人説によれば、曾祖父・来国行、祖父・来国吉、父・二字国俊との系譜になる。作風は、豪壮な鍛えを得意とする「二字国俊」と違い、身幅が細く切先は小さめの刀姿で、刃文は直刃が多く、「小互の目」や「小乱れ」交じりの優美な作刀を得意としている。

特に「区」から鋒の先まで狂いもゆがみもない直刃は、来国俊でしか鍛えることができない神技といわれ「来派」隆盛の基を築いたといわれている。

更に、この時代としては稀有な八十五歳という長寿を保ち、子・「来国光」をはじめとする多くの「来派」の門弟の育成に努めた。代表作は、国宝「小太刀 銘 来国俊」日光二荒山神社所蔵。国宝「短刀 銘 来国俊/正和五年十一月日」

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