大包平は備前三平、包平、高平、助平に数えられる名工包平の会心作である。三尺に届かんばかりの大太万で、美術的な評価は章子切安綱 と並ぶ名刀の横綱と言われている。 持ち主は大名の池田輝政。十六歳の初陣から最前線で戦い続け、美浪、 三河、橋磨と所領を転々とした武将である。家康の娘婿でもあり、徳川 家の覚えはよく、最終的には姫路藩五二万石の大名となった。また子の 忠継は岡山藩の藩主を任された。輝政は、信長、秀吉、家康と、武家の頂点に立った武将の下で戦い続 けてきた。そして不思議とどの武将からも愛されてきたようだ。武骨な がらまっすぐな気性が信頼されていたようである。 そんな武人らしい郷政だが、大包平を実際に振るった記録はない。刀は実用品、闘争の道具であるが、大包平はもはや芸術品であり家宝と言 える。締政も傷をつけるような恐れのあることはしなかっただろう。